小麦を丸ごと味わう全粒粉のパン
日本ではふわふわの白いパンや白くてコシがある麺に向く精白した輸入小麦粉が主流ですが、精白した小麦粉は小麦の一部しか使わないため、ビタミンやミネラルなどの栄養を期待できないのです。
一方、精白していない全粒粉は、食物繊維が多いふすまや栄養豊富な胚芽を含んでおり、栄養バランスに優れた食べ物であるといわれています。
2009年に設立した自社製粉工場「麦の風工房」では、原料はすべて北海道産、そして小麦本来の栄養を摂取できるよう、できるだけ小麦丸ごとに近い形で製粉しています。
製粉方法は、石臼を用いる「石臼方式」と独自の「麦の風方式」の2種類で、どちらも加工適性を低下させる硬い外皮だけを取り除いています。
個人客用商品「ブラン・デ・ビューティー」の開発
当時は、国産小麦ましてや全粒粉については、多くのベーカリーが敬遠するものでもありました。
製粉事業を一手に任されていた伊藤英拓は「全粒粉を広めたい」という一心で健康や美容志向の高い女性をターゲットに小袋のミックス粉「ブラン・デ・ビューティー」を開発しました(※現在は生産終了)。容量は1回使い切りの200グラム。専門家の料理レシピも付けて、全国のスーパーに卸せるように尽力。そのおかげもあり、全粒粉の小麦粉は少しずつ広がっていきました。
また、製粉事業開始に当たって、小麦農家を中心に研究機関や加工メーカーと共に「十勝・麦笑(むぎわら)の会」を設立。「生産」「流通」「研究」が一体となった取り組みを行う協議会です。例えば、既成概念に囚われず小麦粉デンプンのおいしさに着目したパンを追及し、製パン技術や製粉方法の研究、おいしいデンプンを含む小麦栽培技術の振興などに挑戦してきました。
転機となった『小麦ヌーヴォー』
2012年に初めてロール挽きで委託製粉したことがきっかけで、通常は7月の収穫から半年程度かかって製粉されるものが、自社製粉だと10月には「新麦」として商品化できることがわかりました。
試しに新麦でパンを焼いて販売したところ好評だったため、全国的な取り組みにしようと、企画書を作りベーカリーに持ち込み、賛同していただいたベーカリーと共に小麦ヌーヴォーがスタートしました。
「小麦は農産物だと知ってもらうこと」
これがヌーヴォーを始めるにあたり、意識したことです。初めてから数年はクレームの嵐でした。
「国産は使いづらい」「小麦粉がブレる」…。
自分たちは、目の前に広がる小麦畑を日々見ていて、生産者と話しているから、知っていることも、「小麦粉」として店に届いてしまえば、想像すらできない。全国のベーカリーシェフたちに十勝の小麦畑を見てもらおう、生産者と直接会ってもらおう、という思いから畑のツアーも企画するようになりました。
変化があったのは、ベーカリーのシェフだけでなく、小麦を作る生産者さんたちもでした。
シェフは小麦が育つ過程やその時々の気候の変化を受けること、生産者の熱い思いを聞いて、これまで以上に粉を大切にしてくれるようになりました。
また、生産者たちもこれまでは、自分たちの手を離れればおしまいだったものが、「小麦粉は売れてますか?」「今年の小麦の品質はどうですか?」と、使う人のことを意識してくれるようになったのです。シェフの意見で肥料を変えたという事例もありました。
「それまでは、みんなそれぞれ自分の主張というか都合を押し付けあっていたんです。でも、生産者がリスクを取って栽培してくれるんだから、自分たちも責任を持って作らなきゃ、使わなきゃという意識になっていくんですよね。そういうのが感動的です。」(伊藤英拓)

小麦粉の紙袋にも理念を載せて
そこからじわじわとメディアなどでも紹介されてきたことから、「国産小麦」というジャンルが注目され始めます。また、新しいパン作りに挑戦したい若手シェフたちの台頭と重なった時期でもあり、「アグリシステムの小麦粉」が注目され始めました。
小麦粉は業務用の場合25kgの紙袋で納品されますが、そこにも会社の理念を載せるようにしました。今でこそ目にすることがありますが、当時は珍しかったようです。
「毎日使ってくれている小麦粉が一番の広告塔」メディアに対する広告は不特定多数の目に触れる分費用が嵩みますが、私たちのお客様はあくまでベーカリーシェフたち。
毎日見ている小麦粉に、大事にしていることをきちんと明記しておくだけで、いつの間にか、その理念が使っている人にも伝染していくんです。一流シェフが使ってくれて、10年くらい経つとそのお弟子さんたちが使ってくれて、そこから口コミで広がり今に至っています。
シェフたちが求めているのは、小麦粉の品質はもちろんですが、生産者と繋がれる、畑を見ることができる、オーガニックに取り組んでいる、という、周辺のメリットなんです」。(伊藤英拓)
「RA」を応援するリジェネラティブベーカリーの挑戦
2022年から栽培を推進しているライ麦。アグリシステムでは有機農法用にアメリカで育種された「ハンコック」という食用品種を使用しています。
食物繊維やミネラルをバランスよく含み、健康づくりに役立つことでも知られるライ麦は、土壌改善にも役立つ作物として注目されるようになりました。ライ麦を植えると土中深くに伸びた根が土を耕し、保水性・排水性の良い畑に。
十勝で多く用いられている輪作(同じ畑に同じ作物を植えずに回していくことで土壌を保つ農法)作物に加えることで、連作障害の軽減にもつながると言われています。
私たちは「ライ麦応援プロジェクト」として、生産者にもライ麦を作ってもらい、ベーカリーに対してはライ麦を使ったパンを使ってもらえるよう協力を呼びかけています。
こうしたベーカリーとの取り組みが評価され、農林水産省が食や農林水産業に関わるサステナブルな取り組みを表彰するコンテストにおいてアグベンチャーラボ賞を受賞しました。